1000円カットで気づいた「伝え方ひとつで変わる顧客体験」の話
髪を切りに行った1000円カットで、美容師さんからの一言にモヤッとした経験。そこには「情報の非対称性」と「顧客サービスの本質」についての学びが詰まっていました。
髪を切りに行った1000円カットで、美容師さんからの一言にモヤッとした経験。そこには「情報の非対称性」と「顧客サービスの本質」についての学びが詰まっていました。
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面倒くさがりが重い腰を上げて1000円カットへ
昨日、久しぶりに髪を切りに行ってきました。
正直、髪を切りに行くのが面倒なタイプなんですが、さすがに伸びすぎたなというのと、やっぱり清潔感って大事だよなというところで重い腰を上げたんですね。
僕は普段から美容室ではなく1000円カットに通っています。
知らない方のために簡単に説明すると、料金はだいたい1000円くらい。
カット時間は10分前後で、シャンプーやマッサージはなし。
バリカンやハサミを使ったカットのみを行ってくれる床屋さんみたいな感じです。
とにかく時間がコンパクトに終わるのが気に入っていて、何度も足を運んでいます。
「変になっちゃうよ」の一言で感じたモヤモヤ
昨日もいつも通りオーダーしました。
ツーブロックで、前髪はこのくらい、髪が重ためなので軽くすいてほしい、と。
ただ今回はひとつ追加で「襟足を高めに刈り上げてほしい」とお願いしたんです。
首筋まで伸びた毛がどうにも気になっていたので。
そしたら美容師さんから返ってきた言葉が「変になっちゃうよ」でした。
サイドの髪の長さや他のオーダーとのバランスを考えると、ちょっとおかしくなるという判断だったみたいです。
おそらくその判断は正しくて、プロの目から見て変になるなら教えてほしいのはもちろんなんですが、端的に「変になっちゃうよ」と言われた時に、なんだかモヤモヤしてしまったんですね。
素人なりに考えてきた、という気持ち
念のために言っておくと、1000円カットにホスピタリティを求めているわけでもないし、今回の美容師さんを非難したいわけでもありません。
ただ、顧客サービスとしての学びがあったなと思ったんです。
なぜモヤモヤしたかというと、いかに的外れだったとしても、自分なりに考えてはいたんですよ。
こういう髪型がいいなとか、首元を刈り上げたらスッキリするかなとか、素人なりに短い時間なりに、ちゃんと考えてきていた。
それを一言で片付けられてしまうと、自分の考えが無意味だったような、自分自身を否定されたような感覚になってしまったんです。
理由も添えられず「変になっちゃうよ」だけだったので、余計にそう感じたのかもしれません。
まず聞く、認める、それから理由を添えて提案する
このモヤモヤって意外とダメージが大きいんですよね。
自分がサービスを提供する側になった時に、こういう体験はさせたくないなと思いました。
じゃあどうすればいいかというと、まずとにかく聞いて認めること。
お客さんはたとえ的外れであっても自分なりに考えてきています。
いきなり「違う」と返すんじゃなくて、まず話を聞く、頷く、傾聴する。
わざわざ言葉にしなくても「聞いていますよ」というスタンスを示すだけで、お客さんの気持ちは全然違ってきます。
その上で変えた方がいい場合は、なぜ違うのかを説明して、かつそれがお客さんのメリットになるんだよと伝えてあげる。
たとえば「ご希望はこういうことだと思いますが、そうするとサイドとのバランスが合わなくなって違和感が出るかもしれません。こうした方がイメージに近づくと思いますが、いかがですか?」と。
こんな風に言ってもらえたら、きっと心地よく、しかも納得感を持ってヘアカットを受けられたと思うんです。
情報の非対称性と伝え方ひとつの破壊力
美容師さんはカットの技術や知識を持っている。
一方でお客さんは「この後こういう場に出るから」「アイロンで巻くからちょっと長めがいい」といった、自分だけが知っている文脈を持っている。
お互いに相手が知らない情報を持っているわけです。
こういう情報の非対称性がある場面では、サービス提供側がいくら正しくても、伝え方ひとつで顧客体験は大きく変わってしまうんですよね。
日常の中にも学びって結構転がっているものだなと、しみじみ思いました。
また髪が伸びたら、そこの1000円カットにお世話になろうと思っています。
まとめ
- お客さんは素人なりに考えてきている。まず聞いて認めるひと手間が顧客体験を大きく左右する
- 提案を変える時は「違う」と端的に言うのではなく、理由を添えてお客さんのメリットとして伝える
- 情報の非対称性がある場面ほど、正しさよりも伝え方が顧客の満足度を決める