「負け顔」ができない自分と、それでも手に入れたいスキルの話
指摘が正しいとわかっていても、一瞬ムッとしてしまう自分がいる。ネガティブな言い方をされたとき、明るく受け流せる人と自分の違いはなんだろう。今日は「負け顔」という、小さいけれど侮れないスキルについて考えてみました。
指摘が正しいとわかっていても、一瞬ムッとしてしまう自分がいる。ネガティブな言い方をされたとき、明るく受け流せる人と自分の違いはなんだろう。今日は「負け顔」という、小さいけれど侮れないスキルについて考えてみました。
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完璧の対義語みたいな自分だからこそ
自分はそんなに器用な人間ではなくて、まさに「完璧の対義語」のような存在なんですね。
でも、そのこと自体は受け入れていて、特に悲観的に捉えることもない。
成長の余地がたくさんあるなと、そんなふうに盲目的に信じています。
ただ、完璧じゃないがゆえに、間違ったことを言ったり、仕事でミスをしたりすることがある。
洗い場のバイトでお皿の片付け位置を間違えたり、指示を取り違えたり。
冷静なら絶対しないようなミスを、ちょくちょくやってしまうんですよ。
友人との会話でも、筋が通らない話や論理的に破綻した話をしちゃうこともある。
でも、全部そんな大したことじゃなくて、その都度反省しつつも、そこまで重くは受け止めていません。
1日くらいは落ち込みますけどね。
「負け顔」ってなんだろう
そんな自分の中で、どうしても改善したいと思っていることがあります。
それが「負け顔ができない」ということ。
ここで言う「負け顔」というのは、自分の粗や至らないところをネガティブなテイストで指摘されたとき、場の空気を悪くせずに受け止められる反応のこと。
「やられちゃったー」とか「ぺろっ」みたいな、あの軽やかさです。
例えば、飲食店のホールで料理を運ぶテーブルを間違えてしまったとき。
先輩から「お前そんなこともできないのかよ、ちゃんと確認してから行けよ」と言われたとします。
負け顔ができる人は「すんません、間抜けなんでよく見ないで行っちゃいましたよ」と明るく受け止められる。
内心はどうかわからないけれど、表面的に明るく返して、場の空気を壊さない。
正しい指摘でも、一瞬ムッとしてしまう
でも僕は、どんなに指摘が正しくても、言い方が尖っていたり少しネガティブだったりすると、反射的にどこかムッとしてしまう自分がいるんです。
感情は表に出さないようにしているし、後になって指摘を噛み砕いて自分の行動を正すんですけど、あの一瞬のムッとした感覚がどうしても消えない。
きっと若干態度にも漏れてしまっているんだろうなと思うと、怖いなと感じます。
飲み会で体型をいじられたときもそう。
「小綱目指してダイエット中なんだよ」とか「電車でみんなのスペース空けようと思ってさ」とか、ほがらかに返せたらいいのに、どうにか表面は取り繕いつつも、ちょっと場のトーンを下げてしまうことがある。
負け顔がもたらすメリット——個人にもチームにも
この「負け顔」ができると、個人にとってもチームにとってもいいことがあると思っています。
個人のメリットは2つ。
まず「愛されやすい」こと。
テレビのバラエティ番組でも、いじられキャラの人ってめちゃくちゃ愛されていますよね。
負け顔ができる人はその愛嬌から多くの人に好かれて、遊びの誘いも仕事の話も自然と集まってくる。
もう1つは「成長しやすい」こと。
シンプルに、指摘をしてもらいやすくなるからです。
先輩の「ちゃんと確認してから行けよ」は、言い方はともかく客観的な指摘をしてくれている。
そこでムッとした態度を返してしまうと、相手も「言ってもお互い気分が悪くなるだけだから」と指摘をしなくなる。
それは貴重な学びの機会を自ら減らしていることになります。
チームにとっても、雰囲気が悪くならないのは大きい。
指摘しやすい環境があればチーム全体のパフォーマンスが上がるし、居心地のよい関係が保てます。
メリットはさておき、ただ気まずいのが嫌なんです
メリットをいろいろ並べてみたんですけど、正直なところ、うまく包み込んで処理できない自分と、それによる気まずさが嫌——というのが一番大きいんですよね。
だからメリットは置いといて、負け顔ができるようになりたい。
そして同時に、誰かに負け顔をさせないような自分でもありたいと思っています。
何かコツがあれば教えてください。
今日はそんな「負け顔ができない」というぼやきでした。
まとめ
- 「負け顔」とは、ネガティブな指摘を場の空気を壊さずに受け止める力のこと
- 負け顔ができると愛されやすく、指摘をもらえて成長しやすい——個人にもチームにもメリットがある
- メリット以上に、うまく受け止められない気まずさ自体をなくしたいという本音がある