「知らないって罪だよね」を繰り返す人が見落としていること
知らないことで損をした経験は、誰にでもあると思います。でも、その言葉を何度も繰り返しているなら、問題は「知らないこと」ではないかもしれません。父の姿を見ていて気づいた、知ることへの向き合い方について話してみます。
知らないことで損をした経験は、誰にでもあると思います。でも、その言葉を何度も繰り返しているなら、問題は「知らないこと」ではないかもしれません。父の姿を見ていて気づいた、知ることへの向き合い方について話してみます。
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「知らないって罪だよね」——誰もが一度は思うこと
世の中には、知らないだけで損をすることがたくさんあります。
税金まわりの制度だったり、為替のことだったり、あるいはCMでよく見るホテル比較サイトもそうですよね。
そのサイトを知っていれば、同じホテルにもっと安い値段で泊まれる。
申し込むだけでもらえた給付金があった。
同じ旅館に、もう少し安く予約できたのに——。
知らないというだけで、かなり損をしてしまう。
これは多くの場合、真理だと思っています。
皆さんも一度は「知らないって損だよね」と口にしたり、少なくとも心の中で思ったことがあるんじゃないでしょうか。
何度も繰り返す父の姿を見て思ったこと
実はうちの父が、まさにこの言葉を何度も口にする人なんです。
月に1回くらいは「知らないって本当に罪だよね」とこぼしている。
親戚の集まりでおばあちゃん家に行くたびに、同じような話をしているんですよ。
しかも結構悲痛そうに話すんです。
「知らないって損だよなぁ」って、大きめなリアクションで。
なんだけど、毎回毎回それを言っていて、どこかそれが普遍の真理だみたいな——つまり「世の中そういうものだよね」「自分はそうやって損するしかないんだよね」みたいな、諦めの入ったニュアンスなんですよ。
その姿を見ていて、正直に言うと「損してるよな」って思うんです。
情報を持っていないことで不利益を被る経験を、何度も何度も繰り返しているわけですから。
ぼやくだけでは、同じことの繰り返し
「知らないって罪だよね」を解決する唯一の方法は、当たり前かもしれないんですけど、知ることなんですよね。
でも、今までの習慣のままではその情報にアクセスできていないわけです。
だから、ただ「知らないって罪だよね」とぼやいても、また同じことの繰り返しになってしまう。
何もせずに、何も変えずに、都合よくその情報が勝手にやってくるわけではない。
あまり向き合いたくはないんですけど、ちょっと考えたらわかりますよね。
だからまず、知ろうとしなきゃいけない。
知ろうとした上で、知るための努力をしないといけないんです。
「知らないことが罪なのではない。知ろうとしないことが大罪なのだ」
去年読んだ本で、ひとつ心に残っているフレーズがあります。
「知らないことが罪なのではない。知ろうとしないことが大罪なのだ」
本のタイトルも内容もほとんど覚えていないんですけど、この言葉だけがぐっと心に刺さりました。
皆さんは「知らないって罪だよね」を延々と繰り返してしまっていませんか。
もちろん、どうしようもないシチュエーションもあるとは思います。
それでも、より良い方向に導くには、まず「知ろうとすること」から始めないといけない。
身も蓋もない話なんですけど、ふと父の姿が浮かんだので、こんなテーマでお話ししてみました。
まとめ
- 知らないことで損をする場面は多いが、問題は「知らないこと」そのものではなく「知ろうとしないこと」にある
- 「知らないって罪だよね」を繰り返すだけでは、何も変えずに同じ損を繰り返すことになる
- まずは知ろうとすること、知るための行動を起こすことが、唯一の解決策