若さの消費期限

「まだ若いから」。うまくいかない自分を、いつもその一言でなだめてしまう。でも、その言い訳が使えるのって、あとどれくらいなんだろう。ふと考えたら、少し怖くなりました。

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若さの消費期限

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「まだ若いから」で、自分をなだめる癖

今日はふと思ったことを、まとまりもないまま話してみようと思います。

テーマは「若さの消費期限」です。

自分がよく使う言い訳があります。

声に出すわけじゃないんですけど、心の中で自分に言い聞かせるように使うんです。

「まだ若いから」「まだ何歳だから」。

今うまくいっていない自分、何もできていない自分を、そうやってなだめる。

これは今に始まったことじゃなくて、たぶんこれまでの人生でずっと繰り返してきたことなんだと思います。

うまくいっていない現在から目を逸らすための、便利すぎる呪文みたいなもの

無意識に唱えてしまっているんですよね。

年上の人がくれる「大丈夫」の意味

自分は今20代前半で、確かにまだ若い部類だと思います。

ただ、当然自分より若い人もたくさんいる。

それでもこうして思い詰めていると、年上の方が「まだ若いんだから大丈夫だよ」と言ってくださることがあるんです。

これは、ただの慰めじゃなくて真実なんだろうと感じています。

もちろん優しさもあるんですけど、その人たちの経験からして、きっと大丈夫だったんだろうと。

何が大丈夫なのかは、正直よくわからないんですけど。

でも冷静に考えると、私はその人たちよりも相対的にずっと若いままなわけで、何歳になっても「まだ若いよ」と言ってもらえるのかもしれない。

だからこそ、その言葉に甘えている自分に、ちょっと危うさを感じるんですよね。

体力しか売りがない年齢だからこそ

20代前半って、まだ無理が利く年齢だと思います。

体力もそうですし、「若い」というだけで可能性を加味して周りが評価してくれる。

それだけで価値になる時期なんですよね。

でも裏を返せば、体力くらいしか売りがないとも言える。

だからとにかくやらなきゃいけない。

挑戦したいことがあるなら挑戦しなきゃいけないし、挑戦しただけじゃなくて、なにかしらの成果も出さなきゃいけない。

そう思うたびに焦りが積もっていくんです。

この焦りって、たぶん自分だけじゃない気がしていて。

年下の後輩でも、同い年の友人でも、同じような葛藤を抱えている人はたくさんいる気がします。

何を隠そう、自分もそのうちの一人なわけですけど。

未来が当たり前に来る、という前提の危うさ

若さを言い訳にできる時間って、ある種のタイムリミットなんだと思うんです。

いつまでそれを言い訳にできるんだろう、と考えると、ちょっと怖くなる。

「今は若いから、まだこの先が長いから」と言うとき、私たちは未来が当たり前に来る、という前提に立っているんですよね。

でも、人生はいつ終わるかもわからないし、自分だけじゃなくて関わってくれている人たちにも、それぞれの時間の限りがある。

そう考えると、時間なんて全然ないんじゃないか、と感じるんです。

「まだ若いから」という言い訳をしていてはダメだし、きっとそれは本質的じゃない。

若さの消費期限が切れるのを待つんじゃなくて、今やれるだけやりきって、考えるだけ考え抜いて生きていく

その姿勢が、たぶん一番大事なのかなと思っています。

話したら少し軽くなった、気がする

何のまとまりもなく思いついたまま話してみたんですけど、こうして口に出してみると、自分の気持ちも少し軽くなって、やる気が湧いてきました。

早速、今日も頑張りたいと思います。

皆さんもお体に気をつけて、頑張っていきましょう。

それでは、コーヒーが冷めないうちに失礼いたします。


まとめ

  • 「まだ若いから」という言葉で自分をなだめる癖は、便利すぎるがゆえに危ういと感じています。
  • 若さは可能性として評価される反面、体力しか売りがない時期でもあるので、挑戦と成果の両方が求められます。
  • 未来が来ることを前提にせず、今やれるだけやりきる姿勢こそが本質的だと考えています。