向き合う勇気
現実逃避という言葉は、どこかネガティブなにおいがします。逃げている自分を責めながら、それでも今日はビールを一口飲んでしまいました。そんな午後の正直な話を、少しだけ聞いてもらえますか。
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「現実逃避」という言葉が好きになれない
「現実逃避」という言葉があります。
現実から逃げる、目を背ける、避ける——そういった意味合いの言葉です。
いつ頃からある言葉なのかはわかりませんが、自分の世代にとっては、結構なじみのある言葉なのかなと感じています(あまりラベリングは好きではないのですが)。
この言葉はおそらく中立ではなく、どちらかというとネガティブなニュアンスに寄っている言葉だと思っています。
だからというわけではないのですが、自分自身もこの言葉があまり好きではない。
いや、正確には、言葉が嫌いというより——そういう選択をしてしまっている自分があまり好きではない、という感じです。
昼の3時、コーヒーの代わりにビール
このエピソードを録音しているのは、今日の午後3時です。
「コーヒーとひとりごと」というポッドキャストなのに、今飲んでいるのはコーヒーではなくビールです。
その時点で、もう自己嫌悪みたいな気持ちになっちゃうんですけど——でも、今すごくネガティブな感情というわけでもないので、そこはご安心ください。
今、いくつかの悩みを抱えています。
自分がやっているビジネスのこと、将来への漠然とした不安、お金のこと、仕事での人間関係、そして最近別れた恋人のこと。
どれも、ちゃんと向き合えばなんとかできる類のものだとわかっています。
自分が完全に無力なわけではなくて、何らかの選択をして行動することでアプローチができる問題だ、とも認識しています。
行動できるとわかっているのに、先延ばしにしている
わかってはいる。
でも、行動を先延ばしにしているのは自分自身で、そのことにストレスを感じながら、さらにその逃げ道として今ここにいる——そんな自覚が、録音しながらずっとあります。
なんでこういうことをしてしまうんだろう、と不思議に思っているんです。
他の人が現実逃避をすることは、別に悪いとは思っていません。
ずっと向き合い続けていたら疲れてしまうし、壊れてしまうくらいならば、一旦目を背けることも悪くない選択だと思っています。
でも、自分がそれをするのは好きではない。
それが正直なところです。
逃げても課題は消えない。悪循環とわかっていても
現実逃避をして目を背けたからといって、その課題が消えるわけではありません。
逃避から戻ってきた時には、さらに深刻になってしまっているかもしれない。
そして、お酒を飲んでいると、より悪いコンディションでその問題に向き合わなければいけない。
こういう悪循環だとわかっているんですね。
リフレッシュとして上手に使える人もいると思います。
でも、自分はなかなかそれができていない。
「心の防衛機能なのかな」と都合よく捉えてみたりもするけれど、そんな防衛機能が必要なほど深刻な問題でもないし、ただ向き合えばいいだけの話なのに——そういうもどかしさがずっとあります。
メタ認知できているうちに、踏ん張る
お酒を飲んでいながらも、自分が今どういう心理状態にあるかを俯瞰で見ることはできています。
心理学的に言うと「メタ認知」みたいなことですね。
だから今の状態が危険だとは思っていません。
でも、この選択を繰り返し続けてしまったら、きっとそのるつぼにハマってしまう。
一回一回の選択が、今後の自分に大きく影響してくる。
今はまさに踏ん張りどころなんだな、という感覚があります。
こういう弱い部分を人に見せることって、なかなか抵抗がある人も多いと思います。
何の学びにもならないただのぼやきかもしれないけれど、話すことにも何か意味があるかなと半ば正当化しながら話してしまいました。
皆さんはどうやって、向き合うのが大変な問題と付き合っているんでしょうか。
年齢や経験は関係なく、それぞれのやり方があると思うので、もしよければコメントで教えていただけると嬉しいです。
まとめ
- 「現実逃避」という言葉はネガティブなニュアンスを持っており、そういう選択をしてしまう自分があまり好きではないと感じています。
- ビジネス・お金・人間関係など複数の悩みを抱えているものの、どれも自分で行動すれば対処できると認識しており、先延ばしにしているのは自分自身だという自覚があります。
- 逃避しても問題は消えず悪循環になると知りながら、メタ認知で自分を俯瞰しつつ、一回一回の選択を大切にしようとしています。