元気のない声は元気がなくなる — ジョギング中に聞こえた怒鳴り声で気づいたこと
朝のジョギング中、鳥の声や川の音に包まれていたとき、ふと聞こえてきた怒鳴り声で心地よさが吹き飛びました。声が運ぶエネルギーの大きさに驚きながら、自分の声のことも少し考えてみたくなったんです。
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カップ一杯分の気づきから
おはようございます。
今日もコーヒーを飲みながら、カップ一杯分の気づきをお届けします。
今日は「元気のない声は元気がなくなる」というテーマでお話ししたいと思います。
自分の声を一番耳にしているのは、他ならぬ自分なのかもしれません。
久しぶりに外の音に耳を澄ませて
今日の午前中、気分転換にジョギングをしに外へ出ました。
普段は屋内にいることが多く、考え事をしながら歩いたり音楽を聞いたりしているので、外の音や周りの声に耳を傾けることが、正直あまりなかったんです。
でも今日は違いました。
公園や川辺を通りながら、走ったり歩いたりしていると、いろんな音が耳に入ってきたんです。
鳥が羽ばたく音や鳴き声、公園で遊ぶ子供たちの声、すぐそばを流れる川の水音。
その音たちが、とても心地よく響きました。
心地よさを吹き飛ばした一つの声
一方で、公園ではやんちゃをしている子供を叱っているお母さんの声も聞こえてきました。
その怒鳴り声が、さっきまでの心地よさを吹き飛ばすくらいに、自分の感情に強く響いたんですね。
なんなら、ちょっと元気がなくなるな、とすら感じてしまったんです。
そのお母さんを責めたいわけではありません。
ただ、感情が乗る声、音に乗るエネルギーというのは本当にすごい、という観点でした。
心地よい音が広がる中で、たった一つの声だけがくっきりと際立って、こちらの気分まで持っていってしまう。
それが少し怖くもあり、不思議でもありました。
落ち着いた声を意識しすぎていたのかも
この経験がきっかけで、今こうして話しています。
ポッドキャストをやってきた中で、これまでは落ち着いた声で話すことを結構意識してきました。
あまり圧のない、うるさくない声のほうが、聞いてくださる方にも落ち着いてもらえるかな、と思っていたんです。
それが良かったのか悪かったのかは、正直わかりません。
ただ、やっぱり聞きづらかったかもしれない、という気はしています。
言い訳をすると、寝起きで収録していたり、実家で撮っているので隣の部屋にいる家族に聞かれると恥ずかしくて声を抑えていたり、そういう事情もありました。
でも、わざわざポッドキャストのアプリを開いて、元気のない声を聞きたいかというと、たぶんそうじゃないんですよね。 よっぽど話や人が面白い、愛着があるという場合を除いて、あえて選ばれる声ではないと思うんです。
少しだけ元気を出してみる
だから、ちょっと反省というか、これからの声はもう少しだけ元気を出してやってみようかな、と思っています。
感情って、もともと伝染するものですよね。
泣いている人を見たらもらい泣きしてしまうし、楽しそうにしている人を見たらこちらまで楽しい気分になる。
声もまた、そのエネルギーを運ぶ強い媒体なんだと思います。
いい方向にちょっとでも動くように、これから話していけたらいいなと感じました。
それでは、コーヒーが冷めないうちに失礼いたします。
独り言にお付き合いいただき、ありがとうございました。
まとめ
- 朝のジョギングで耳にした鳥や川の音は心地よく響きましたが、一つの怒鳴り声だけで気持ちが大きく揺れました
- 感情が乗った声のエネルギーは思ったよりも強く、聞き手の気分にまで影響します
- 自分の収録も「落ち着いた声」を意識しすぎていたかもしれないと気づき、これからは少しだけ元気を出して話してみようと思います
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