自分の選択 — カフェのメニューを選ぶとき、本当に自分で選んでいるか

カフェでメニューを開いたとき、私は本当に自分の飲みたいものを選んでいるんだろうか。ふとそんなことが気になって、1日の中の選択を数えるように振り返ってみました。まとまりのない考えごとですが、コーヒーを飲みながら聞いてもらえたら。

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自分の選択 — カフェのメニューを選ぶとき、本当に自分で選んでいるか

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1日に何回、自分で選んでいるだろう

今日は「自分の選択」というテーマで話してみたいと思います。

ここで言う選択は、選択物のことではなくて、チョイス、つまり何かを選ぶときの選択という意味です。

人は1日にたくさんの選択をするらしいんですね。

何回という説はいろいろあって、72回という数字を聞いたことがあります。

外に出るか出ないか、電車のどのあたりに座るか。

そういう細かいものまで含めれば、たぶん膨大な数の選択を1日の中で繰り返しているわけです。

それで、ふと思ったんです。

その中で、本当に自分の意思で、主体的に選んだと言えるものはどれくらいあるんだろうって。

そんなに重たい話をするつもりはないんですけど、考え始めたら気になってしまって、今こうして話しています。

カフェのメニューは、誰が選んでいるのか

たとえばカフェやお店に行って、メニューを選ぶ場面。

行ってしまえばどれを選んでもいいはずなんですけど、選ぶものってだいたい決まっていませんか。

この「決まっている」というのは、自分の好みが決まっているという意味だけじゃなくて、もっと広い視点で見たときに、みんなが選ぶものが決まっている、という意味です。

そのお店に1日100人来たら、その100人が頼むものはだいたいこのあたりに集中するよね、というのがきっとある。

その一杯を選んだのは、純粋に「これが飲みたい」だったのか。

それとも、飲みたい候補が何個かある中で、みんなこれを選ぶよね、これを頼んでおけば流行に乗っていると思われるよね、という周りの影響が加味された結果なのか。

自分で選んでいるつもりで、外部の要因にちょっとねじ曲げられているのかもしれない。

どうでもいいっちゃどうでもいい話なんですけど、これってカフェに限らないよなと思ったんです。

1日の中の自分の選択は、どれだけ外からの影響を受けているんだろう。

その中で、ピュアに「これが欲しい」「これが好き」で選べたものは、どれほどあるんだろうって。

周りに行動を決められるのが、どうも嫌なんです

私自身は、反骨心というほどのものではないんですけど、そういう選び方をするのがあまり好きじゃないんですね。

周りに自分の行動を規定される、決められてしまうのが、なんだか嫌で。

だからカフェのメニューひとつとっても、「普通これを選ぶよね」「ここに来たらこれだね」みたいなものは、そう言われて本当に飲みたくなったならともかく、そうでないならがん無視して、自分の飲みたいものを飲みたい分だけ頼むようにしています。

これは偏見になってしまうかもしれないんですけど、女性のほうがSNS、たとえばInstagramとの距離が近い印象があります。

もちろん人によって差は大いにありますし、男性だってそうです。

ただ、そうなるとどちらかというと周りの目線を気にしがちなのかな、とか。

SNSで見つけた「このお店のこれが可愛い」を目当てに行くこと自体はもちろんあると思います。

それでも、男女問わず、純粋に「自分が飲みたい」で選べているケースはどれくらいあるんだろうと、ふと思ったんです。

そこにストレスや不本意さを感じていないなら、まったく問題ないと思います。

たぶん今、多くの人は感じていないのかもしれない。

ただ私は、そういう選択を意識的にしたいと思っているたちなので、人よりちょっと敏感なんだと思います。

ナッジと、世間の目

とはいえ、自分で選んだと思っていても、心理学でいうナッジのように、人の判断をそっと誘導する手法はたくさんあります。

飲食店のメニュー構成だって、そういう設計のもとに作られているはずです。

だから、何の影響も受けていない純粋な選択なんて、そもそもありえないのかもしれません。

でも、今日ここで言いたいのは、そういう心理学的な部分の話というより、もっと素朴なほうです。

自分のやりたいこと、自分の選択が、他の人はこうするよね、世間ではこうだよね、という目線でねじ曲げられている回数はどれくらいなんだろう、ということ。

世間の目、と軽く言ってしまいましたけど、それが気になったんです。

世間の目は、たぶん自分の頭の中にしかない

ここで言う「世間の目」って、きっと実在するものではないんですよね。

選択をする本人が、自分の頭の中で勝手に作り出しているものなのかもしれない。

それが良い悪いという話ではなくて、単純に好みの問題です。

何かを否定したいわけでも、これが正しいと言いたいわけでもありません。

ただ、ふと自分の選択について考える時間があったので、まとまりのないまま共有してみました。

みなさんはどうでしょうか。

何かを選ぶときに大事にしていること、意識していることはありますか。

逆に、あの場面では本当はこう選びたかったのに、別の要因があってこっちを選んでしまったな、という経験談でもいい。

よかったらコメントで教えてもらえたら嬉しいです。

それでは、コーヒーが冷めないうちに失礼いたします。


まとめ

  • 人は1日に膨大な数の選択をしていますが、その中で本当に自分の意思で選んだものはどれくらいあるのか、という問いから始まった回です。
  • カフェのメニューは典型で、「みんながこれを選ぶよね」「流行に乗っていると思われるよね」という外部の要因が、自分の好みをそっとねじ曲げていることがあります。
  • ナッジのように誘導する仕組みは避けられませんが、気になるのは「世間の目」のほうです。そしてその世間の目は、たぶん選ぶ本人が頭の中で作り出しているものなのだと思います。

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