朝の街を歩く — 同じ道なのに時間帯が変わると別の場所に見える

4時半に起きて、雨の中を3キロ走ってジムへ。その帰り道、朝の散歩をしながら考えていたのは、夜に同じ道を歩いたときとの違いでした。同じ街なのに、時間帯が変わるだけで別の場所みたいに見えるのは、どうしてなんだろう。

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朝の街を歩く — 同じ道なのに時間帯が変わると別の場所に見える

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4時半に起きて、雨の中を走った朝

今朝は4時半に起きました。

5分ほど瞑想して、それから部屋にあるウォーキングマシンに乗りながら、頭の中にあるものを吐き出したり、メッセージを返したり。

そうしているうちに5時になります。

5時から、家から3キロほど走ったところにあるジムまで走っていきました。

通っているとは言っても、そんなに頻繁に行けているわけではないんですけどね。

そこで30〜40分トレーニングして、その帰り道が、今この録音をしている時間です。

時刻は6時過ぎ。

ちょっとだけ気分がいい、という感じです。

声はまだ起きたてですけど。

一昨日思いついて、昨日は寝坊して、今日こそはとやり抜いた朝でした。

ただ、朝はめちゃめちゃ雨が降っていて、3〜4ミリくらいは降っていたんじゃないでしょうか。

髪の毛もすっかり濡れました。

走って行くか、車で行くか

反省としては、天候に左右されるなということ。

帰り道がちょっと憂鬱で、車で来ればよかったなと思っているところです。

家に帰ったら、お風呂を洗って、軽くコールドシャワーを浴びて、その後コーヒーをドリップして飲んで、作業に取り掛かる。

そういう流れを考えていました。

帰りはポッドキャストを録音したり、考え事をしたり。

歩くと頭が回るじゃないですか。

そうしようと思っていたんですけど、3キロ歩くと30〜40分かかってしまうわけです。

そうすると、帰ってからがけっこうキツキツだなと。

なので、明日は車にしようかなと思っています。

車で行けばジムにランニングマシンがあるので、そこで3キロ走ればいいし、その後に筋トレをして、家に帰ったらすぐシャワーを浴びられる。

あと、屋外だと雨音や車の音が録音に入ってしまうことを考えると、家で録るほうがいいなという結論になりました。

明日も4時半に起きて動きたいと思っています。

寝坊したら正直に言いますので、お楽しみに。

少し前に話した「夜の街を歩く」こと

今日はテーマも何も考えずに話し始めてしまいました。

歩き始めればどうせ何か思いつくだろうと思って台本を用意しなかったんですけど、まったく思いついていなかったんですよね。

そういえば少し前に「夜の街を歩く」というテーマで話したことがありました。

夜の街を歩くと、普段は訪れることのない場所に気づきます。

自分の住んでいる街でも、行ったことのない場所ってたくさんあるじゃないですか。

それに、いつも通るタイミングが日中だけだと、その場所の日中の顔しか知らないわけです。

夜になると外は暗くて、家の照明や明かりが映えます。

日中は留守にしている家でも、夜には生活の様子がちょっとうかがえる。

本当にここに人がいたんだな、この街にはこんなに暮らしがあったんだなという気づきがあって、それがいいよねという話でした。

その時間帯にしか見かけない人がいて、こんな人がこの街にいたんだ、と知ることもできます。

今日はせっかく朝歩いているので、朝の街を歩くというテーマで話してみようかなと思います。

ちなみに今、交通量も人も増えてきました。

犬の散歩って6時過ぎにやっているんですね。

すごいな。

朝でも夜でも、どちらにも違う心地よさがある

朝か夜か、正直どっちでもいいと思っているんです。

どちらにも違った心地よさがあるんですよね。

なんでそう感じるのかなと考えてみたときに、要因は二つあるように思いました。

一つ目は、普段とは違う環境であるということ。

当たり前だと思われるかもしれないですけど、いつもと違う時間帯だからこそ、日の入り方も、歩いている人も、気温も、全部の要素が違ってくるわけです。

たとえば、部屋を明るくして観る映画と、部屋を暗くして観る映画では、感じ方が全然違うと思うんです。

没入感が変わる。

同じ写真でも、背景を白にして撮ったものと黒にして撮ったものではだいぶ違いが出ますよね。

それと同じような違いが、時間帯を変えることで生まれているんじゃないかと思います。

環境と、自分の気分。二つがそろって見え方が決まる

もう一つの要因は、自分の気分が違うということだと思います。

気分って、時間帯によって大きく変わるじゃないですか。

朝なら「眠いな」とか、「でも早起きできて心地いいな」とか。

夜なら「今日は疲れたな」「お風呂入りたいな」、あるいは「意外と涼しいな」とか。

いろいろあると思うんです。

そういう見る側の感覚、気分が違うからこそ、いつもと違った発見というか、新しさみたいなものがあるのかなと感じています。

映画も、映画館側の環境と、受け取って観る側と、その二つの要素で成り立っていると思うんですね。

だとしたら、映画のような作品を観るときだけでなく、こういう何気ない街並みや日常においても、同じことが起きているんじゃないか。

そんなふうに思いました。

なんてことない話に、いつもお付き合いいただいて恐縮です。

すれ違う人がいるタイミングは、完全に独り言を喋りながら歩いている人なので、ちょっと恥ずかしくなるんですけどね。

今日はこんなところで失礼したいと思います。


まとめ

  • 4時半に起きて雨の中を3キロ走り、その帰り道に朝の街を歩きながら考えたことをお話ししました。
  • 同じ街でも、朝と夜とでは日の入り方も人も気温もすべて違い、いつもと違う環境がいつもと違う発見をくれます。
  • もう一つの要因は自分自身の気分です。環境と気分、その二つがそろって見え方が決まるという点では、映画も何気ない日常も同じなのかもしれません。

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