一人一人が違うこと、それを忘れてしまうこと

人と過ごすことがあまり多くない自分が、ある一週間、毎日のように誰かとディープな話をしました。後輩と祖母、まったく違う価値観に触れる中で、「一人一人が違う」という当たり前のことを、改めて強く実感させられました。わかっているつもりで、いつの間にか忘れてしまっていること——今日はそんな気づきについてお話しします。

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一人一人が違うこと、それを忘れてしまうこと

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自分から誘うのが苦手な自分が、毎日誰かと話した一週間

正直に言うと、自分から誰かを遊びやご飯に誘うのが得意じゃないんです。

行きたくないわけじゃないし、一人でも全然楽しめてしまうから、なんとなく満足して過ごしてしまう。

だから自分発信で誰かを誘う、ということがほぼなくて。

そんな自分が、この一週間はほぼ毎日誰かしらと過ごしていました。

声をかけてもらうことが多くて、しかも日常的な雑談じゃなくて、価値観や人間関係についてのディープな話をする機会が続いたんです。

毎日違う人と、そういう会話をする中で、一人一人の価値観や物事の捉え方が本当に違うんだということを、強く認識しました。

「その人にとっての常識」があるんだな、と。

後輩とマッチングアプリ、返信速度をめぐる感覚の違い

一つ目のエピソードは、後輩とご飯に行ったときのことです。

後輩は恋愛経験がほとんどなく、学校での出会いもないのでマッチングアプリを使い始めたとのこと。

まだ直接会ったこともない相手とメッセージをやり取りしている段階でした。

そのとき自分は、「まだお互いをあまり知らない段階では、メッセージの返信の速さや内容って、相手がどのくらい関心を持ってくれているかを測る数少ない指標になるよね」という話をしました。

早すぎると圧になるから、だいたい相手が返すくらいの間隔を空けると自然じゃない? と。

そしたら後輩は「え、でも勉強やバイトで忙しかったら返せないですよね? 自分のタイミングでよくないですか?」って。

思わず「え?」ってなりました。

相手がどう感じるかを考える、という発想がそもそもなかったみたいで。

話してみてわかったんですが、そういった経験が全くなかったがゆえに、「自分ベースで考えるのが当たり前」という価値観が自然と染み付いていた。

それがその子にとっての「普通」だったわけです。

おばあちゃんが親戚に話してしまう理由

もう一つは、祖母との話です。

自分が恋愛のことをちらっと漏らすと、「言わないでね」と伝えても、祖母は親戚中に言いふらしてしまう。

これがずっと謎だったんですよね。

「なんで言っちゃうの?」と聞くと、祖母にとっては「嬉しいことはみんなに伝えなきゃ、みんなで喜ばなきゃ」という感覚がごく自然なものとしてある、と。

嫌がっていると伝えても、「でもそれはいいことだろう」と言って結局言っちゃうんです。

自分としては、大っぴらにされるのは恥ずかしいし、おばあちゃんだから話したのに、という気持ちもある。

でもそれがなかなか通じない。

背景を掘り下げてみると、祖母が育った時代・地域の文化が関係していました。

親戚みんなで全部共有して、一緒に喜んで悲しんで——いわゆる村文化の中で生きてきた人なんですよね。

祖母にとって「情報を共有すること」は愛情表現そのもの

悪気は一切なくて、ただ価値観の根っこがまったく違うんです。

「当たり前」はそれぞれが持っている

後輩と祖母、二人の話を通じて感じたのは、一人一人、価値観も常識も違う、ということ。

当たり前のことなんですけど、ついつい自分基準で物事を見てしまっていたな、とハッとしました。

これはこの二人に限った話じゃなくて、家族も、親しい友人も、どこかしら違いがある。

母でも父でも、ぴったり同じ価値観の人なんていないんですよね。

今これを聴いてくださっているあなたも、きっとそうです。

その違いを忘れて自分基準で接し続けると、知らないうちにすれ違いや摩擦が生まれてしまう。 「なんでわかってくれないんだろう」と思う前に、そもそも相手の「当たり前」は自分の「当たり前」とは違う、という前提で接することができたら、もう少しお互い楽になれるんじゃないかと思います。

一人一人が違うのは事実で、それを忘れないようにしていたいな、と改めて感じた一週間でした。


まとめ

  • 一週間、毎日異なる人とディープな会話をしたことで、一人一人の価値観や常識が違うことを改めて強く実感しました。
  • 後輩との会話では相手の立場を考える経験のなさが、祖母との話では村文化に根ざした価値観が、それぞれの「当たり前」を形成していることがわかりました。
  • 自分基準で物事を見てしまうとすれ違いが生まれます。一人一人が違うという事実を忘れないことが、よい関係を築く土台になります。

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自分をおじさん・おばさんと呼ぶ人

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By コーヒーとひとりごと