気丈に振る舞う

本当はつらいのに、家族にも友人にも気丈に振る舞ってしまう。でも、弱さを見せないことで、支えたい人を支えられなくしているのかもしれません。ある別れの夜に気づいた、弱さをこぼすことの意味についての話です。

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気丈に振る舞う

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気丈に振る舞ってきた一ヶ月

個人的な話なんですけど、自分はこの一ヶ月間、恋人との別れ話で、精神的にかなりきつかったんですね。

なんですけど、それを家族とか友人には見せまいと、気丈に振る舞ってきたんです。

今日まで頑張ってきたんですけど、結局お別れする運びとなりました。

彼女の家でその話をして、最後に家を出るとき、彼女自身は大丈夫そうにしていたんですね。

でも、一度ドアを閉めて帰った風にして、ちょっと待ってからまた家に戻ってみたんです。

ドアの向こうで泣いていた人

そうしたら、うずくまって泣いていたんです。

その時、自分は思ってしまったんですよね。

なんでそうやって隠そうとするんだろうって。

隠されちゃ気づけない時があるし、寄り添えない時があるじゃないかって。

自分のことは棚に上げて、素直にそう思っちゃったんです。

やっぱり人に弱さを見せるって、とても勇気のいることなんですよね、きっと。

でも、弱さを見せてくれた人に対して、こちらは心を開いてしまう。

それに、助けたいって思う。

だから弱さを見せることはとても難しいんですが、でも、とても大切だと思うんです。

なのに、それがなかなかできないんですよね。

なぜ自分の弱さは見せられないんだろう

自分も、本当はつらい状況なのに、気丈に振る舞ってみせたり、空元気で頑張ったりしてるんですよね。

なんでなんでしょうね。

泣いてる姿は人に見せたくないって思っちゃうし、弱いところも知られたくない。

弱いところだらけなのは分かってるのに、それを知られたくないっていう。

カッコ悪いからなのかなとか、でもなんでカッコ悪いと思うのかなとか。

他の人が泣いていても、決してそんなことは思わないのに、なんで自分が泣いてるのはそう思うんだろうって。

そんなことをいろいろ考えています。

弱さをこぼすことは、信頼の証

でも、自分が誰かを支えたいと思うように、きっと誰かも自分に対してそう思ってくれていると思うんですね。

だから、気丈に振る舞うことをやめられなくても、どこかで弱さをこぼすことがあっていいと思います。

そうじゃないと、自分も、あなたを支えられないから。

そんな風に感じました。

自分は、そういう相手になれなかったのかなっていう後悔があります。

間違いなく自分の行動不足や、姿勢が足りなかったので。

本当に素敵な方だったから、一人で抱え込まずにこぼせるような相手が、そばにいてくれたらいいなって、胸が苦しいですが思っています。

壊れてしまう前に

これは自分に限った話ではなくて、皆さんもきっとそうだと思うんです。

変なプライドなのか分からないですけど、弱さを見せるっていうことは、相手に対する信頼の証にもなると思うんですね。

だから皆さんも、何かが壊れてしまう前に、取り返しがつかなくなる前に、どこかで弱さをこぼすということをしてみていただきたいなと思います。

そうじゃないと、誰かが、支えたくても支えられないもどかしさを抱えているかもしれないので。

もしそういう場所がないのであれば、このコメント欄でちょっとこぼしてくれたらいいのかなって思っています。

それでは、コーヒーが冷めないうちに失礼いたします。


まとめ

  • 本当はつらいのに気丈に振る舞ってしまうのは、弱さを見せたくないという気持ちからかもしれません。
  • 弱さを隠されると、支えたくても気づけず、寄り添えないことがあります。
  • 弱さをこぼすことは相手への信頼の証であり、何かが壊れてしまう前に誰かに頼ってみることが大切です。

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By コーヒーとひとりごと