頑張るのは当たり前
頑張っていること自体を、つい評価してほしくなってしまうことはありませんか。宮崎駿さんの「頑張るのは当たり前」という言葉に出会って、自分のやりたいことをやっている以上、頑張りは評価される場所ではないんだと改めて突きつけられました。共感すると同時に、自分の甘さも思い知らされた回です。
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ふと目にした、宮崎駿さんの金言
スタジオジブリの宮崎駿さんをご存知でしょうか。
とても有名な方なので、知っている方も多いと思います。
宮崎駿さんは仕事に対してとてもストイックな方だったようで、その姿勢を表した金言が最近SNSで出回っているんですね。
本当についさっき、そのうちの一つを目にして、その流れで今こうして話しています。
それが、平たく言うと「頑張るのは当たり前」という内容でした。
「自分を簡単に許せる人間は、大したことをやらない」
その言葉の内容はこうです。
演出という自分のやりたいことをやらせてもらっているのだから、頑張るのは当たり前で、頑張っていること自体を評価してはいけない。
頑張るのも、悩むのも、眠れない夜を迎えるのも当たり前。
全部自分。
自分が自分で許せるか。
自分を簡単に許せてしまうような人間は、大したことをやらない——原文とは異なりますが、こんな内容だったと思います。
自分のやりたいことを、他の人にもやらせている。
ある種、自分は加害者的な立場にいるわけです。
であれば、自分が頑張るのは当たり前だし、その頑張り自体を評価してはいけない。
そこで甘えて、頑張れていない自分を許せてしまうようなら、そんな人は大したことをやらないんじゃないの、というメッセージだと解釈しています。
頑張りを褒められても、嬉しくない理由
これは本当にその通りだなと感じたんです。
自分も事業を始めて、肉体的に長く稼働したり、忙しくなったりすることがあります。
そうしていると、その頑張り自体を評価してもらえることがあるんですよ。
そう伝えていただけるのはありがたいことではあるんです。
でも自分自身としては、まったくもって嬉しく感じないんですね。
だって、自分の実現したいことの何割もできていないのを、自分自身では分かっているので。
しかも、自分でこれをやりたいと決めてやっているわけです。
やっているのは当たり前で、頑張るのも当たり前。
そもそも、そういうことを「頑張る」と表現すること自体に違和感があるなと思っています。
やるのが当たり前であって、そこは評価されるところではない。
やりきって、結果が出て、やりたいことを実現して初めて、実を結ぶものだと思っています。
そう言いつつ、自分は甘い
さて、こんなことを言いつつ、自分は自分を結構簡単に許してしまっている気がしています。
寝坊もしていますし、毎朝のルーティンも途切れがちです。
しかもこのポッドキャストも、途切れ途切れになっています。
自分は甘いな、と。
この言葉を見て共感すると同時に、恥じたというか、頑張ろうと思ったんです。
だからひとまず、今すぐ行動に移すことにしました。
明日からは毎朝、走ろうと思います。
皆さんもぜひ、一緒に頑張りましょう。
まとめ
- 宮崎駿さんの金言「頑張るのは当たり前」に、やりたいことをやっている以上、頑張り自体は評価される場所ではないというメッセージを受け取りました。
- 事業をしていて頑張りを褒めていただけることはありがたい一方、実現したいことの何割もできていない自覚があるため、素直に嬉しくは感じられません。
- 自分を簡単に許してしまっている甘さを恥じ、まず行動として明日から毎朝走ることを決めました。
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