波がある人 — 安定してこなす人と、たまに爆発する人のどちらがいいのか
やるときはやるけれど、やらないときは本当にやらない。最近の自分のパフォーマンスにはっきり波があって、それをどうにかしたいと思っています。安定してコンスタントに出し続ける人と、たまにドカンと大きい成果を出す人。どちらがいいのかを、コーヒーを飲みながら考えてみました。
コーヒーとひとりごとのエピソード記事
やるときはやるけれど、やらないときは本当にやらない。最近の自分のパフォーマンスにはっきり波があって、それをどうにかしたいと思っています。安定してコンスタントに出し続ける人と、たまにドカンと大きい成果を出す人。どちらがいいのかを、コーヒーを飲みながら考えてみました。
4時半に起きて、雨の中を3キロ走ってジムへ。その帰り道、朝の散歩をしながら考えていたのは、夜に同じ道を歩いたときとの違いでした。同じ街なのに、時間帯が変わるだけで別の場所みたいに見えるのは、どうしてなんだろう。
嫌なことがあると、そのことだけで頭がいっぱいになってしまう。私は2、3日、ひどいと1週間くらい引きずるタイプです。そういう時に効く「相対化」という考え方について、コーヒーを飲みながら話しました。
やろうと決めたことがあるのに、気づけばSNSを開いている。タスクを5個から1個に絞っても、進まないときは進まない。自分の注意がどこへ向かっているのか、少し意識的に見てみた朝の話です。
深夜0時29分、眠れずに歩きながら録音しています。永遠なんてものは本当にあるんだろうか、と考えていました。物理的には存在しないけれど、たしかに感じたことはある。その正体は、たぶん終わりから目を背けている状態のことなんだと思います。
カフェでメニューを開いたとき、私は本当に自分の飲みたいものを選んでいるんだろうか。ふとそんなことが気になって、1日の中の選択を数えるように振り返ってみました。まとまりのない考えごとですが、コーヒーを飲みながら聞いてもらえたら。
昨日、お世話になっている方とファミレスで会食がありました。帰り道に送るお礼のメッセージ、いつも「楽しかったです」で終わらせていないでしょうか。会食の印象を決めるのは、始まりでも途中でもなく終わり際なんじゃないかと思っています。
おはようございます、と言いながら夜に録っています。一昨日、自分の住む街を日曜の19時から2時間半、あてもなく歩いてみました。いつもの地元のはずなのに、驚くほど知らない場所ばかりでした。
真夏のある日、暑すぎて外出をやめたら午後がぽっかり空いてしまいました。いつも「時間が足りない」と思っているのに、いざ手に入った時間の前では何もできない。その歪さについて、コーヒーを飲みながら考えてみました。
喉の渇きも、寒さも、キャンプの不便さも、ぜんぶ「欠乏」と言えば欠乏。でも人はどうして、あえて整わない場所へ足を運ぶんだろう。雨の中を歩いて家に着いた瞬間、屋根のありがたさに感動した話から、欠乏がくれる余白について考えてみました。
「よし、やるぞ」と決めて過ごした15分と、なんとなくTikTokを開いてしまった15分。長さは同じはずなのに、終わったときの気持ちはまるで違います。時間を意識するためのタイマーすら、意識を抜いた瞬間にただ流れていくだけになる。今日はそんなぼやきと、みんなの知恵を借りたいというお悩み相談です。
セットログという韓国発のSNSを、私はまだ触ったことがありません。流行に自然と手が伸びる人と、そうでない人。その差は年齢なのか、興味関心なのか。新しいものへの反応の鈍りに、ふと自分の変化を感じた朝の話です。